Welcome to Sugino group (ようこそ杉野研究室へ)

本研究室は機能物性研究グループ、物性理論研究部門、附属物質設計評価施設、計算物質科学センターに所属し、計算物質科学ーー数値シミュレーションを用いた物性研究を行っています。研究スタッフは杉野(教授)と、ポスドク1名、技術補佐員1名、学生2名(博士2名)、秘書1名の計6名です(2024/12/10現在)。

研究室のイメージ

研究概要

当研究室のテーマは、

(1)数値シミュレーションによる物質科学研究

(2)数値シミュレーション手法の開発

です。これらを通して高度な研究を目指しています。

第一原理計算とは(What is the first-principles calculation?)


2021年度物性研一般公開に研究成果として得たシミュレーションの一部を展示しました。こちらのページからご覧ください。 -> 一般公開理論グループ展示

2021年度物性研一般公開 サイエンスカフェに杉野先生が出演しました (研究紹介31:00〜38:00頃、質問1:00:00〜1:05:00頃)。↓の動画是非ご覧ください。

大学院進学希望者は ←ここをクリックして動画をご覧ください。ぜひ研究室を訪問してください。

(1)数値シミュレーションによる物質科学

物質は膨大な多様性を持っていますが、その極一部しか知られていないのが現状です。それを補うための強力なツールとして数値シミュレーションが注目されています。計算機の能力が年々指数関数的に伸びるにつれて、新たな研究が可能になっています。主なテーマをいくつか紹介します。

テーマ①多体摂動論を用いた電子状態計算

計算物質科学の最前線は励起状態にまで拡大しています。多粒子グリーン関数法を用いた計算により励起エネルギーや励起子の波動関数$latex \Psi\left(  \vec{r}_{e},\vec{r}_{h}\right)$などの電子状態の情報が得られるようになったためです。物質内での電子($latex \vec{r}_{e}$)と正孔($latex \vec{r}_{h}$)の分布がわかると、励起後のダイナミクスを調べることが可能になります。

     
励起(左図)。右図は励起子波動関数の主成分(左は正孔、右は電子)

杉野研究室では最近、下図のような新たに合成されたナノカーボン分子(~200原子系)の計算を行い、この物質の光学特性を明らかにしました。この他、発光素子や太陽電池の材料となる物質の研究も行いました。

最近計算を行ったナノカーボン分子

これまでは励起ダイナミクスを研究するのに、実験データの解析から導出された模型が主に用いられてきました。しかしながら模型を精巧化して定量的な理論予測をすることは困難です。実験からの情報には限りがあるからです。仮に原子配置などの微視的な情報が得られたとしても、そこから直接模型の精巧化につなげることはできません。励起状態の計算が必要なゆえんがここにあります。詳しくは(2)で説明します。

テーマ②密度汎関数理論を用いた電極界面の計算

電極と水溶液の界面(電極問題)は計算物質科学の重要なテーマです。杉野研究室では密度汎関数理論とよばれる多電子系の計算手法に基づき、電位差がかかっている固体と液体の界面のシミュレーションを行っています(下図)。燃料電池反応がなぜ白金で高効率で起こるのか、どのようなメカニズムで起こるのか、白金を超える電極物質はどのようなものがあるのかなど、長年の謎の解決につながる研究を行っています。

ESMとよばれる有効媒質を用いた白金と水溶液界面の計算模型

計算には、一般的な密度汎関数理論だけでなく乱雑位相近似レベルの高精度理論も用いる必要があります。計算ではまた、溶液側および固体側での(静電)遮蔽の取り扱いも重要となります。計算手法の開拓が重要な研究テーマです。

テーマ③ホタルの生物発光

生体物質と水の界面も重要なターゲットです。生物発光はノーベル賞を受賞された下村先生の御研究テーマでもありますが、なぜ生体内では非常に効率的な発光が可能なのかなど謎が残っています。ホタルの発光に関してはオキシルシフェリンという分子が担っていますが、その基礎物性に関してすらあまりわかっていません。そこで杉野研究室では物性研の秋山研究室と共同で密度汎関数理論を用いた長時間シミュレーションを行いました。その結果、オキシルシフェリンの安定性には水との界面の詳細が大きく関与していることを突き止めました。従来は水の誘電的性質のみが安定性に効いているという考えが支配的でしたが、実はもっと複雑な要因で安定性が決まっていることがわかりました。

オキシルシフェリン分子と取り囲む水分子

テーマ④ 負の誘電率

二種類の固体が作る界面も興味深いテーマです。強誘電体の誘電率は正の値となりますが、電場をかけて分極が変化している途中では誘電率は負の値を取ります(ランダウ理論)。その途中の状態は不安定ですので負の誘電率が測定されることはありません。しかし界面では準安定になることがあります。実際には界面を安定化させようとする様々な要因がありますので、それに打ち勝って準安定状態が実現し得るかどうかを調べる必要があります。そこで東大のマテリアル工学科の渡邉研究室と共同で、密度汎関数理論計算を用いた研究を行いました。強誘電体と常誘電体が作る薄膜で誘電率を調べてみると、果たして準安定状態が実現することがわかってきました。負の誘電率が実現されれば半導体デバイスの微小化が可能になりますので、そのための基礎研究が進んだと言えます。

テーマ⑤固体酸素

固体酸素は低温あるいは高圧の下で存在していますが、ファンデルワールス力と磁気相互作用が競合することにより様々な物質相が現れます。通常の密度汎関数理論に対して磁気相互作用を経験的な方法で補正を施すことにより、定量的に計算ができることがわかりました。固体酸素に強い磁場をかけると磁気モーメントが揃うような構造に相転移相転移することが知られていますが、必要な磁場の強さに関する予測計算を行いました。

固体酸素(α相)の構造

テーマ⑥ヒドロキシアパタイト

ヒドロキシアパタイトは人骨の主成分ですが、イオン伝導性と様々な誘電性を併せ持つ興味深い物質としても知られています。イオン伝導性と誘電性がどのように関連しているのかを密度汎関数理論に基づく動力学計算などから明らかにしました。

ヒドロキシアパタイトCa10(PO4)6(OH)2の構造

その他

その他実験との共同研究から新たなトポロジカル絶縁体物質などに関する成果が得られています。

(2)数値シミュレーション手法開発

計算物質科学を発展させるためには新たな計算手法を開発し計算対象を開拓する必要があります。実際、そのための理論、アルゴリズム、プログラミングの研究が盛んに行われています。目的は

(a)多電子のシュレディンガー方程式を解いて電子状態(基底状態や励起状態 )を求める

(b)最安定な構造を求める

(c)外場に対する応答を計算してフォノン等の素励起を求める

(d)有限温度における熱平衡状態や非平衡のダイナミクスを求める

など多岐にわたります。最近は巨視的なスケールの様々な物理模型を微視的な立場から構築する研究も増えています。対象となる系には結晶系から化学反応系、生体系を含む物質一般が含まれます。

杉野研究室では、

(1)基底状態を求めるための波動関数理論

(2)励起状態を計算するための多体グリーン関数法

(3)電極界面を計算するための手法

を開発しています。以下、それらに関して説明します。

(1)基底状態を求めるための波動関数理論(少数多体系の電子対理論)

物質中のN電子系の波動関数は3N次元の反対称な関数で記述されます。基底状態の波動関数を求めるためには、膨大なヒルベルト空間の中から最小エネルギーを与える関数を決める必要があります。このテーマは、量子力学の永遠のテーマというべきものです。

波動関数理論として過去に電子対(フェルミオン対)に基づく理論が注目されました。化学結合論(ジェミナル理論)、BCS理論(クーパー対理論)、GCM等の原子核理論などが有名です。杉野研究室では、少数多体系に対するジェミナル理論に注目し、それを電子相関の強い系に拡張するための手法を構築しています。そこで近年注目を浴びているtensor decomposition法(高階のテンソルを低階のテンソルに分解する方法)に注目しています。これは、物資中の化学反応を精度良く扱うための有効な手法だと考えています。

(2)励起状態を計算するための多体グリーン関数法

多電子系の時間依存シュレディンガー方程式に対するグリーン関数(多体グリーン関数)を用いると、励起状態計算を実際に行うことができます。この方法は多体理論の教科書(Fetter-Walecka等)に書かれているものですが、かなり複雑な計算が必要となります。計算量も原子数を増やすと急激に増えます。固体では原子数の6乗で増加しますが、孤立分子系であれば3-4乗の比較的穏やかな増加となります。そこで超並列スーパーコンピューター用のプログラム開発を行った結果、200原子系に対する計算が1週間ほどで行えるようになってきました。杉野研究室では、光が照射された時に生じるような励起状態の計算を精力的に行っています。

実際には、バーテックスとよばれる特定のFeynman図形を無視する近似(GW近似)に基づき自己エネルギー演算子を求め、その近似の範囲内で電子間の相互作用の分極効果を扱う方法(GW+Bethe-Salpeter方程式)を用いて計算を行います。

(3)電極界面を計算するための手法

固液界面に電位差を与えると、界面電荷が生じます。界面電荷は液体側では、イオン分布や溶媒の分極によって遮蔽されます。固体側では、金属電子による遮蔽、あるいは空乏層の変化を伴う遮蔽が起こります。両側からの遮蔽のバランスで電位の分布が決まります。これを正しく記述することにより、電極界面で起こるエネルギー変換の物理を議論することが可能になります。杉野研究室ではこれまで、界面に電位差を与える方法や電位差を制御するための方法を界面を開発してきました。これにより燃料電池反応(水の電気分解)の理解が進んでいます。

大谷元助教が物性研に所属している時から開発してきた有効遮蔽体法や、笠松助教が東大マテリアル工学科の学生だったことから開発してきた軌道分離法などの方法があります。大谷氏は産総研への異動後に、RISMとよばれる溶液理論と組み合わせ、手法を発展させました。電気化学の新しいシミュレーション手法として世界から注目を浴びています。

笠松助教は最近、固体側の遮蔽を扱うためのモンテカルロ法の開発を行っています。これらの手法を用いることにより、電極界面の理論が発展できるのではないかと考えています。