表面・界面物理
Hydrogen Adsorption on Pt(111) Revisited from Random Phase Approximation: L. Yan, Y. Sun, Y. Yamamoto, S. Kasamatsu, I. Hamada, and O. Sugino, J. Chem. Phys. 149, 164702 (2018).
白金上の水素吸着の問題は、まだ決着がついていない重要問題です。その重要性は、水素がどこにいるのか(topサイト、fccサイト, hcpサイト)どの位吸着してるのか(被覆率)が違うと、燃料電池反応や触媒反応に大きな違いが生じることに起因しています。決着していないのは、(室温に対応するエネルギーが26meVですが)、26meVの精度が出せるような理論計算を行うのがかなり大変だからです。そこで、目下のところ最も高い精度が期待されるRPAとよばれる密度汎関数計算を、細心の注意を払って行いました。計算の結果、topサイトの水素とfccサイトの水素は共存するという、従来の計算予測とは異なる結果が得られました。この結果は、実験結果を良く説明するものであり、反応機構の解明にとって重要な一歩となると考えています。
Nuclear quantum effect for hydrogen adsorption on Pt(111): L Yan, Y. Yamamoto, M. Shiga, and O. Sugino, Phys. Rev. B 101, 165414 (2020).
上記の論文の続報。水素は最も軽い元素であり、量子効果が無視できません。過去の研究では被覆率が小さい時の水素原子は量子効果により非局在化していることが示されています。被覆率が高くなると、お互いの反発力のため、局在化して細密構造をとるという多体系特有の現象が現れることが期待されます。その被覆率による変化を第一原理経路積分法に基づくシミュレーションから示し、その結果を格子模型に基づき解析しました。この変化は、水素原子の位置や吸着構造には準安定なものが複数存在するため、興味深い変化をすることが判明しました。この計算結果は、これまで解釈が困難な実験結果を説明するのに役立ちます。
励起状態
Optical properties of six isomers of three dimensionally delocalized pi-conjugated carbon nanocage: Y. Noguchi, D. Hirose, and O. Sugino, Euro. Phys. J. B 91, 125 (2018).
おわん型の形状を持つ炭素ナノケージが最近合成されましたが、その構造がわかっていません。そこで、6つの候補となる構造に対して、励起スペクトルを計算してスペクトル形状を実験と比較することにより、どの構造が現れているのかを調べました。このようにして推定された構造は、予想に反して、真空中では最もエネルギーの高い(不安定な)ものであることがわかりました。このことは、炭素ナノケージが溶媒の中に存在していることをあらわに考えないと、構造がわからないことを示しています。なお炭素ナノケージは、炭素198原子からなるクラスタでです。本研究は、この規模の原子数に対して実際にグリーン関数が計算できるかどうかに挑戦するという動機で行われたものであり、この計算結果は、計算プログラムの世界最大級の効率性をアピールするものになっています。
High-Lying Triplet Excitons of Thermally Activated Delayed Fluorescence Molecules: Y. Noguchi and O. Sugino, J. Phys. Chem. Phys. C 121, 20687–20695 (2017).
TADF(熱活性化遅延蛍光過程)は高性能蛍光有機EL素子として注目を浴びています。スピン3重項を持つ励起子をスピン1重項に遷移させることにより内部量子効率100%を達成している驚くべき素子です。スピン多重項間のエネルギー差が小さいことが,この遷移が起こるための条件です。TADFとして候補となっている物質を第一原理的に計算し,その条件を満たすかどうかを調べたのが本論文です。
Molecular size insensitivity of optical gap of [n] cycloparaphenylenes (n= 3-16): Y. Noguchi and O. Sugino, J. Chem. Phys. 146, 144304 (2017).
Cycloparaphenylene (CPP)とよばれる最も短いカーボンナノチューブが最近合成され、その励起状態を多体グリーン関数で調べたのがこの論文です。このナノチューブの直径(サイズ)が大きくなるにつれて波動関数の特徴は分子的なものからバルク的なものに変化するが、サイズと共に構造も変化するので励起エネルギーのサイズ依存性は見かけ上小さくなることを説明しました。
Quantitative characterization of exciton from GW+Bethe-Salpeter calculation D. Hirose, Y. Noguchi, and O. Sugino: J. Chem. Phys. 146, 044303 (2017).
励起状態(エキシトン)には局所的(Frenkel)なものと電荷分離型(Wannier-Mott)、リドベルク型があることが知られていますが、これらを定量的に識別する方法は知られていませんでした。そこで、それぞれのエキシトンの特徴量を多体グリーン関数に基づいて与え、それを用いてエキシトンを識別する方法を提唱しました。これによって様々な物質に対する計算をデータベース化することが可能になります。将来的には原子配置とエキシトンの性質の関係づけ、さらには誘起発光や太陽電池機能発現のための物質設計といったものにつながるものと考えています。
統計物理学とイオニクス
“Insights Into Defect Arrangements in Y-Doped BaZrO3 From Large-Scale First-Principles Thermodynamic Sampling: Association, Repulsion, Percolation, and Trapping”, S Kasamatsu, O Sugino, T Ogawa, A Kuwabara, ChemRxiv (2020). “Direct coupling of first-principles calculations with replica exchange Monte Carlo sampling of ion disorder in solids”, S Kasamatsu, O Sugino, J. Phys.: Condensed Matter 31, 085901 (2019).
第一原理計算と分子動力学計算を結び付けた手法は存在しますが、モンテカルロ計算と直接結び付けた手法は存在しませんでした。その手法を開発し、イオン性結晶の統計的性質を明らかにすることができました。従来は第一原理計算結果を基にモデルを作成して間接的に統計性を議論する必要がありましたが、それが必要なくなったために、複雑な酸化物に対しても計算が可能になっています。
生体物質
“Reverse Stability of Oxyluciferin Isomers in Aqueous Solutions”: Y. Noguchi, M. Hiyama, M. Shiga, O. Sugino and H. Akiyama, J. Phys. Chem. B 120, 8776–8783 (2016). “Photoabsorption Spectra of Aqueous Oxyluciferin Anions Elucidated by Explicit Quantum Solvent” Y Noguchi, M Hiyama, M Shiga, H Akiyama, O Sugino, J. Chem. Theory Comput. 15, 5474–5482 (2019).
生体物質と水の組み合わせは生命現象の理解に不可欠です。ホタルの生物発光に寄与するオキシルシフェリンと水の界面を密度汎関数理論に基づくシミュレーションから明らかにしたのが本研究です。従来、水の役割は陰的であり水分子をあらわに取り扱わなくても水和界面は理解できると考えられてきましたが、状況はもっと複雑であることがわかりました。オキシルシフェリンの電荷分布に応じた水和が起こり、それが水中での安定性に直結しています。物性研の秋山研究室等との共同研究です。
燃料電池電極触媒
“Scaling Relation of Oxygen Reduction Reaction Intermediates at Defective TiO2 Surfaces”, Y Yamamoto, S Kasamatsu, O Sugino, J. Phys. Chem. C 123, 19486–19492 (2019).
“Challenge of advanced low temperature fuel cells based on high degree of freedom of group 4 and 5 metal oxides”, A Ishihara, S Tominaka, S Mitsushima, H Imai, O Sugino, K Ota, Current Opinion in Electrochemistry 21, 234–241 (2020).
表面物理の応用として燃料電池の電極触媒の理論予測を実験と連携して行っています。次世代燃料電池材料として注目されているチタン酸化物、ジルコニウム酸化物に対して酸素還元反応の計算を行い、なぜこれらの材料が白金よりも優れているのかを明らかにしました。表面の活性化には欠陥の導入が不可欠ですが、どのような欠陥が有効なのかを理論予測しました。その結果に基づき実験的検証が行われています。
電子相関(密度汎関数理論)
“Completing density functional theory by machine-learning hidden messages from molecules”, R. Nagai, R. Akashi, and O. Sugino, npj Computational Materials, 6, 1–8 (2020).
密度汎関数理論に基づく電子状態計算は、第一原理計算の基礎であり、また非常に多くのシミュレーションに用いられています。十分な計算精度を確保しようとすると、信頼できるエネルギー汎関数の構築が必要となります。しかし50年余りの研究にもかかわらず化学反応を十分な精度で計算できる汎関数は未だ開発されていません。機械学習を用いて汎関数を構築すればそれが達成できるはずである。この考えのもとに研究を行ったところ、既存の汎関数の精度を超えるようなものが作成可能であることがわかりました。それを分子系で例示したのが本論文の研究であり、今後の発展が期待されます。
相転移、相図
First-principles description of van der Waals bonded spin-polarized systems using the vdW-DF+U method: Application to solid oxygen at low pressure, S. Kasamatsu, T. Kato, and O. Sugino, Phys. Rev. B 95, 235120 (2017).
酸素は常温常圧で気体ですが、温度を下げたり圧力を加えたりすると固体結晶に相転移します。酸素はスピン三重項が安定な特異な分子ですので、磁性を持ち、磁場を加えることによっても相転移が起こります。酸素分子間の距離はファンデルワールス力と磁力の微妙なバランス決まるため、定量的な計算予測を行うことはなかなか困難です。今回、vdW-DF+Uとよばれる密度汎関数理論の手法を用いると、α相とよばれる低温低圧相の結晶構造が精密に決められることがわかりました。この手法を用いて強磁場での相転移の予測計算い、実験の説明を行いました。
分極
First-principles investigation of polarization and ion conduction mechanisms in hydroxyapatite, S. Kasamatsu and O. Sugino, Phys. Chem. Chem. Phys. 20, 8744 (2018).
ヒドロキシアパタイトはは骨の主成分として知られていますが、イオン伝導性と電気分極が絡んだ興味深い物性を示すことでも知られています。今回、第一原理計算を行い分極機構に関する研究を行いました。分極は複数の過程が含む複雑なものであり、OH-イオンのflippingや水素空孔の交換、OH-空孔のhoppingが関連していることがわかりました。