数値シミュレーション手法開発

 物質の多様性は粒子数と共に指数関数的に増加しますが、計算機の性能も年々指数関数的に向上しています。多様性の追求は、アルゴリズムの開発により加速させることができます。

多体摂動論に基づく励起状態計算手法

物質に光(電磁波)を当てると、化学反応や構造変化、あるいは、別の物質への相転移等が起こります。その全貌の解明は、これからの物質科学の大きな課題です。デバイスや生物の研究にとっても重要です。

その出発点は、光照射後の電子状態(励起状態)を正しく理解することにあります。しかし、励起状態の計算は非常に困難でした。そこで、野口と弘瀬は、量子力学の基本方程式(※1)に基づき励起状態を計算するためのプログラム開発に取り組んでいます。

これまで「多体摂動論に基づくグリーン関数法」を用いたプログラムが開発され、100原子を超える物質の研究が可能になっています。フラーレン[1]やナノグラフェン[2]、ホタルの発光物質(ルシフェリン)[3]などの光吸収スペクトル計算などに応用されています。また、X線吸収スペクトルの定量的な計算(※2)に始めて成功し、実験の解析にも大きく貢献しようとしています[4]。

今後は精度の向上や計算効率の改善などを行い[5]、コミュニティーコードとして用いられるレベルにまで達したいと考えています。

(※1)ヘディン方程式とよばれる。
(※2)10eV以上あった既存の誤差が2-5eVまでに改善。
[1] Y. Noguchi et al. (2013)
[2] Y. Noguchi et al. (2015)
[3] Y. Noguchi et al. (2014)
[4] Y. Noguchi et al. (2015)
[5] D. Hirose et al. (2015)

多体波動関数の高精度計算

物質中のN電子系の波動関数は3N次元の反対称な関数で記述されます。その膨大なヒルベルト空間の中から基底状態を決めることは、量子力学の永遠のテーマというべきものです。

波動関数は高階の反対称テンソルで規定されます。これを少数の変数で効率的に記述できれば、より多くの電子を精度良く扱うことが可能になります。そのためには、高階のテンソルを低階のテンソルに分解するtensor decomposition法が有効です。

正準フォーマットとよばれる形式で分解すると、波動関数を反対称化ジェミナル積、あるいはBCS波動関数(Hartree-Fock-Bogoliubov波動関数)の線形和で書き表すこととなり、Hamiltonian行列要素がPfaffian代数で容易に与えることができます。こうしたうえで線形和の項数を最小化するように電子軌道を決めてやると、波動関数の最もコンパクトな表現が実現でき、弱相関から強相関の極限までカバーする一電子的理論ができあがります。この方法の有効性を少数多体系(H2Oやハバードクラスタ等)で示しました[1,2]。

将来的には、既存の計算精度をはるかにしのぐ計算手法として発展させていきたいと考えています。

[1] Uemura et al. (2012)
[2] Uemura et al. (2015)

エネルギー変換の界面シミュレーション手法

二つの物質が接触すると電子移動や物質移動が起こり、やがて平衡状態になります。この非平衡ダイナミクスを利用して、電池や生体膜等では化学エネルギーと電気エネルギーの変換が行われます。これを微視的に理解すれば、究極のエネルギー変換機構が見つかる可能性があります。

19世紀にその原理が初めて見つかり、その後電気化学として体系付けられましたが、微視的な研究が始まったのは、今世紀になって測定や計算の技術が発展して以降のことです。

固体物理学の電子状態計算手法がこの研究に特に有効です。さらに、固体と液体の界面に電位差を与えた上で[1]、開放系の分子動力学計算を行う機能の追加が完成すれば、電子・原子スケールでの理解を着実に進めることができるはずです。その究極のシミュレーション手法の実現に向けて10年以上の間、東北大、大阪大、産総研、物材機構と共に開発を行ってきました。この研究はJST-CREST、京コンピュータやポスト京コンピュータの重点課題[2]、NIMS-GREEN等の支援を受けて行われ、これまで、白金等の貴金属での燃料電池反応や水の電気分解の理解が進んでいます。

[1] ESMのページ
[2] CMSIのページ