(2)数値シミュレーション手法開発

計算物質科学を発展させるためには新たな計算手法を開発し計算対象を開拓する必要があります。実際、そのための理論、アルゴリズム、プログラミングの研究が盛んに行われています。目的は

(a)多電子のシュレディンガー方程式を解いて電子状態(基底状態や励起状態 )を求める

(b)最安定な構造を求める

(c)外場に対する応答を計算してフォノン等の素励起を求める

(d)有限温度における熱平衡状態や非平衡のダイナミクスを求める

など多岐にわたります。最近は巨視的なスケールの様々な物理模型を微視的な立場から構築する研究も増えています。対象となる系には結晶系から化学反応系、生体系を含む物質一般が含まれます。

杉野研究室では、

(1)基底状態を求めるための波動関数理論

(2)励起状態を計算するための多体グリーン関数法

(3)電極界面を計算するための手法

を開発しています。以下、それらに関して説明します。

(1)基底状態を求めるための波動関数理論(少数多体系の電子対理論)

物質中のN電子系の波動関数は3N次元の反対称な関数で記述されます。基底状態の波動関数を求めるためには、膨大なヒルベルト空間の中から最小エネルギーを与える関数を決める必要があります。このテーマは、量子力学の永遠のテーマというべきものです。

波動関数理論として過去に電子対(フェルミオン対)に基づく理論が注目されました。化学結合論(ジェミナル理論)、BCS理論(クーパー対理論)、GCM等の原子核理論などが有名です。杉野研究室では、少数多体系に対するジェミナル理論に注目し、それを電子相関の強い系に拡張するための手法を構築しています。そこで近年注目を浴びているtensor decomposition法(高階のテンソルを低階のテンソルに分解する方法)に注目しています。これは、物資中の化学反応を精度良く扱うための有効な手法だと考えています。

(2)励起状態を計算するための多体グリーン関数法

多電子系の時間依存シュレディンガー方程式に対するグリーン関数(多体グリーン関数)を用いると、励起状態計算を実際に行うことができます。この方法は多体理論の教科書(Fetter-Walecka等)に書かれているものですが、かなり複雑な計算が必要となります。計算量も原子数を増やすと急激に増えます。固体では原子数の6乗で増加しますが、孤立分子系であれば3-4乗の比較的穏やかな増加となります。そこで超並列スーパーコンピューター用のプログラム開発を行った結果、200原子系に対する計算が1週間ほどで行えるようになってきました。杉野研究室では、光が照射された時に生じるような励起状態の計算を精力的に行っています。

実際には、バーテックスとよばれる特定のFeynman図形を無視する近似(GW近似)に基づき自己エネルギー演算子を求め、その近似の範囲内で電子間の相互作用の分極効果を扱う方法(GW+Bethe-Salpeter方程式)を用いて計算を行います。

(3)電極界面を計算するための手法

固液界面に電位差を与えると、界面電荷が生じます。界面電荷は液体側では、イオン分布や溶媒の分極によって遮蔽されます。固体側では、金属電子による遮蔽、あるいは空乏層の変化を伴う遮蔽が起こります。両側からの遮蔽のバランスで電位の分布が決まります。これを正しく記述することにより、電極界面で起こるエネルギー変換の物理を議論することが可能になります。杉野研究室ではこれまで、界面に電位差を与える方法や電位差を制御するための方法を界面を開発してきました。これにより燃料電池反応(水の電気分解)の理解が進んでいます。

大谷元助教が物性研に所属している時から開発してきた有効遮蔽体法や、笠松助教が東大マテリアル工学科の学生だったことから開発してきた軌道分離法などの方法があります。大谷氏は産総研への異動後に、RISMとよばれる溶液理論と組み合わせ、手法を発展させました。電気化学の新しいシミュレーション手法として世界から注目を浴びています。

笠松助教は最近、固体側の遮蔽を扱うためのモンテカルロ法の開発を行っています。これらの手法を用いることにより、電極界面の理論が発展できるのではないかと考えています。